創作新作童話集(2)


「聖夜物語」



 ( 1 )

昔、昔あるところにとても才能溢れる画家がおりました。

その名も聖夜。
クリスマスの日に生まれたからそう名付けられたとか、
定かではありませんが、まあ、噂ですから…。

聖夜は子供の頃から絵を描くのがなによりも好きでした。

絵を描いて出来上がった絵を誰かが喜んでくれるとどんなことより嬉しかったから。
 
とくに聖夜のお母さんの笑顔が一番嬉しかったから。

聖夜はいつも絵を描く時はいろんな声を聞きます。
不思議な声です。
たくさんの不思議な歌声です。

聖夜以外の誰にも聞こえないけどまるで歌のように
メロディーのように聖夜には聞こえます。

その音楽に耳を澄ませて
何も考えずに描いているとなかなか素敵な気分です。

今日は未来の道路の絵を描きます。

手も自然に動きます。
まるでオーケストラ指揮者のタクトみたいに。


( 2 )


聖夜はある日、ふと。。。

この世で一番美しいものはなんなのか知りたくなりました♪
今までいろんなものを描きました♪

そりゃあ、その時その時、
光と影の交錯する世界に美しさを感じたから
不思議な風の歌を聞けて、たくさんの絵を描けてきたんだけど…

描き終わった後はもう歌は聞こえません。



だから次はもっと素敵な歌を聴きたい♪
もっと素敵な絵もたくさん描きたい。

だから聖夜はいろんな絵も観ました。

おとなの人が描いた絵はみんな写真みたいに正確に
光と影をきちんと描き分けてます。

聖夜はふと自分の絵がそれとくらべると
あまり綺麗には見えなくなりました。

その時、くやしく思いました。

だから聖夜ももっともっと
きっちり綺麗に自分も描けるように少しずつ勉強しました。

壺をかく時、左から右に少しずつ影が出来ていきます。
上から下にも少しずつ影が出来ていきます。
壺の一番真ん中が一番明るくて、
真ん中から上にも少しずつ影があるのも気づきました。

そんなふうに、聖夜は少しずつ物をきちんと観るようになったんです。

しかし、そんなふうに正しく写真みたいに描く事が少しずつ出来るようになると

なぜか不思議な事に、今度は少しずつ…
絵を描くのが、あまり楽しくなくなってきました。

聖夜は、わけがわからなくなりました。


おかあさんも絵の先生もみんなほめてくれます。
綺麗に描いた絵は、なかなか素晴らしい出来だったので
いろんな賞に応募して
たくさんの賞もとりました。

けど、なぜか聖夜は描くのが昔より楽しくない自分に気付き
ただ、ただ、途方にくれるのでした。



聖夜はただ美しいものを描きたかったのに

いつの日かそれがなんだかわからなくなりました。



( 3 )


そんな時、聖夜は不思議なおじいさんが
公園のベンチに座ってるのを見ました。

みすぼらしい変な人です。
立派な髭だけが妙に目立ちます。

おじいさんはただ遠くを見つめ
優しそうな顔でしわくちゃな紙になんか描いてます。

手には短いえんぴつ。

そしておじいさんが描いていたのは、小さな小さな雑草のひとつの芽です。

聖夜は不思議に思いました。
丁寧に丁寧にへたくそな絵を描いてました。

けどそのおじいさんがあまりにも楽しそうなので
聖夜は毎日毎日通いました。

おじいさんは 不思議な事に紙の上に
ちびた消しゴムで昨日描いた絵を消しては
今日少し大きくなった草を、少しずつ少しずつ直しながら描いてます。

今日もまた
ちびた消しゴムで消して、
その上に新しく育った少し大きくなった草の絵を
ちびたえんぴつで丁寧に描きます。

おじいさんの顔は相変わらず優しそうで楽しそうです。

聖夜は自分も描きたくなりました。

絵の具はたっぷりあります。

(4)

聖夜とおじいさんは一言も話しませんでしたが、
毎日、毎日少しずつ育つちいさな草を描きました。

草は、いつの日か蕾になり、ちいさな花が咲きました、
その草は、黄色いちいさなタンポポになりました。

聖夜は少しずつ、昔聴いた懐かしい歌が
心の中で奏でられてるのに気付きました。

聖夜は丁寧に丁寧に、今まで勉強したいろんな事を思い出しながら
その小さく美しいタンポポの花を描きます。

そうすると、筆が動くたびに、
素敵な懐かしいあの音楽が心の中で鳴り響き始めました。

おじいさんはそれがわかるみたいに聖夜にほほ笑みました。
聖夜もなんか嬉しくなって笑いました。

秋に近づいてきました。
タンポポの花は綿毛になり
風に吹かれて空に舞い上がります。

聖夜とおじいさんは、空を見上げ
その無数の綿毛が静かに漂っていくのを見つめます。

やっと、ひとつの仕事を終えたたんぽぽの
それは、いままでになく素敵な素敵な…合唱みたいです。

そして
聖夜はやっと描き終わったと思いました。

ところがおじいさんは枯れ始めた茎しかないタンポポをまだ描いています。
せいやは驚きました。

おじいさんの優しそうな顔はまだそのままです。

冬がきて、やっとおじいさんの絵が終わりました。
そこには枯れて土の上に倒れたタンポポの絵がありました。

聖夜は泣きました。
なぜか、とても、悲しかったから泣きました。

聖夜はまたおじいさんの横で描き始めました。
もう枯れたタンポポ。

これから土になるタンポポの絵を描きました。

聖夜も泣きながら一緒になって
丁寧に丁寧に、そのタンポポの最後を心を込めて描きました。

静かな、崇高な音楽がそこには流れていました。

すべての仕事が終わったときに
空の神様がやさしく微笑むような
そんな、せつない音楽でした。

(5)

冬が来ました。

たんぽぽは枯れてどこにもありません。
聖夜はいつもの公園にいきましたがおじいさんも
いつものベンチにはいません。

ただ、ベンチにはおじいさんが大切に毎日描いていた
一枚の紙とちびたえんぴつが置いてあります。

聖夜はその紙を大切に拾いあげると胸に抱きました。

そこにはおじいさんの心が込められたことを
聖夜は誰よりも知っていたからです。

聖夜は空を見上げました。

長い冬がやってきそうです。
静かに公園に雪が降り始めました。

聖夜はそれから何度も公園に行きました。

しかしおじいさんはどこにもいません。
でも不思議なことに聖夜はさみしくありませんでした。

聖夜のポッケにはいつもあのおじいさんのタンポポを描いた紙が
入ってたからです。

それはまるでやさしい命がこめられているかのように暖かかったのです。
それはいつしか、聖夜の宝物になりました。

聖夜はその冬の間、公園のベンチにひとり座って
たくさんの絵を描きました。

ある日は、雪合戦をしてる子供たちの絵
ある日は大きなクリスマスツリーの絵
ある日は雪ダルマの絵、

木や芝生の上にふり積もる雪たちは、
神様のもうひとつの素敵な魔法みたいです。


空から降る雪の結晶を手のひらの上で溶けると、
まるで小さな宝石みたいです。
そこにも小さな命があるみたいでした。

聖夜は、それも絵に描きました。



そして雪がふらなくなり、少しずつ暖かくなって来たある日の事。

聖夜は気付きました。
公園のあちこちにあのおじいさんが最初に描いていた
小さな草がたくさん芽生えてる事に♪

聖夜は嬉しくなりました。

「ぼくは描きたい。たくさんの命をみんな描きたい。」

聖夜はおおきなおおきなキャンバスを広げます。
今、たくさんの命の歌が聴こえるようです♪

そして、春の楽団が合唱を始めました。
空には渡り鳥たちが飛び、暖かな風が吹き、
太陽は輝き、白い雲は生きてるみたいです。

そして見渡す限りの芝生にはたくさんのタンポボが咲き乱れます。

聖夜は今、あのタンポポがまだ生きていた事に感動しました。

見えない小さな光の輪がたくさんの命の歌を奏でてるのが聴こえます。
せいやの筆は踊り始めます。

前よりもっと軽やかに♪

だって、命はみんな美しいから♪


( 6 )


それから何年経ったでしょうか…?

今、聖夜はたくさんの人から愛される画家になりました。

そのポケットには大切な宝物があります。
しわくちゃのただの紙です。

消しゴムでボロボロになった地面しか描いてない紙です。

歌が聞こえなくなりそうな時、聖夜はその紙を手に持ち広げます。

そこには何も描いてないけど、タンポポの魂の歌が聞こえるからです。

この世に美しくないもんなんか
なにひとつなかったのかもしれません。

だから、聖夜は今日も聖夜はどんなものにも耳を澄ませます。
そして聞こえる歌をキャンバスに写すのです。

オーケストラの指揮者のように♪

筆先には小さな魂の炎を燃やして♪



おしまい♪



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